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ニシオギブンゲイ部ブログ
西荻の本好きによる本好きのための本読みフリーペーパー おに吉古本案内
中央線の古本好きの強い味方=フリーペーパー「おに吉古本案内」最新版が配布開始。 音羽館5周年
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→250円 ブックスブンショードー閉店 3/20で閉店という貼り紙が店頭にしてありました。 中央線マニアックス
西荻窪情報もいろいろ掲載。 「西荻よ、俺の目を射れ!」 今野書店にて購入 今野書店でアルネを買う
西荻ののLIFE
ののはらつららさん発行の「西荻ののLIFE」のバックナンバーが届きました。
書庫マンションの謎解ける?
彼方より〜黒鳥館戦後日記
『虚無への供物』で知られる小説家・中井英夫(1922〜1993)は、1945年10月 13日より西荻窪に仮寓、その後、黒鳥館主人を称し、1956年に市ケ谷台町に 転居するまでの約10年間、西荻窪に住み続けた。 その1945年から1949年までの、中井英夫の23歳から27歳の当時に、書き綴られた 日記が、「黒鳥館戦後日記」と題され、「西荻窪の青春」という副題を与えられ、 後年になって、出版された(『黒鳥館戦後日記』1983年、『続・黒鳥館戦後日記』 1984年)。 創元ライブラリ版『中井英夫全集』は、戦中日記である「彼方から」に加え、 「黒鳥館戦後日記」および「続・黒鳥館戦後日記」の全文が収録されている。 西荻窪南口のアパート青雲荘は南に窓を明けた六畳(但し外は階段で陽が当らない) で、造りは「虚無への供物」に記した鴻巣玄次の部屋とまったく同じく、右手に押入、 洋服ダンス、半畳の台所がある。違うのは西側に三畳がついていることで、当時 としては贅沢な住まいに入るかも知れないが私には堪えがたかった。三畳は西と北に 窓のある、文字通りの“屋漏”だった。昭和三十一年、市谷台町に越すまでそこに 住んだ。この青雲荘は新しく建て替えられ、いまも同じ場所にある。》 中井英夫が住んでいたという青雲荘は、一部が発表された1973年、あるいは全文 の初出の1983年の時点では、同じ場所に改築されて存在したらしい。もしかすると、 今もまだそこにあるのかもしれない。 以下、「黒鳥館戦後日記」「続・黒鳥館戦後日記」より、西荻窪について言及 された数少ない部分を引用する。特に、「続・黒鳥館戦後日記」は、そのあとがき で後年の中井英夫本人が自ら認めているように、個人の内面的な問題に記述が集中 し、外界に対して目を向けた描写はほとんどない。 西荻の町はいよいよ栄え出した。といふのも焼けなかつたありがたさだらうし、 他の駅々と比べてみたわけでもないのだけれど、この二、三日、男たちが真剣に 板を打ちつけては屋台をこしらへ、半月も前は珍しいものに見えた二つの屋台が、 いまは軒を並べる賑かさに、藁座敷の露店もいよいよ品数をふやし、値段は相 変わらぬ高さ乍ら「金さへあれば不自由のない社会」は、いよいよ出現しつつ あるのだ。 (一九四五年十二月十七日よリ) 西荻の日増しの発展振りは前にも述べたが、旧臘27日開店のグリーンパーラー では、すべて高価乍らほんものの接待をする。4円の汁粉はどろりと甘く、紅茶 (3円)は夢のやうな色をたたへ、カルピス(3円50銭)、これ亦昔乍らの爽かな 味はひを伝へる。よしやそれが財布の底をはたいた the last の札であつても、 楽しいものは楽しいし、気分は気分―まちがひないひとつの幸福なのだ。大福、 大福とうはごとのやうに言つてゐたそれも、一個9円也でぺちやんこな奴を売つて ゐる。フロリダといふ Beer Hall も出来ました。 (一九四六年一月三日より) どうで東京に住むとならば、築地か人形町か薬研堀か、もしくは、本郷、上野、 浅草、それでなければ直次郎を気取つて駒込あたりに侘びずまひ、本当の江戸に 生きぬきたい。もとより己が生得の田舎気質は、何遍お江戸の水で洗はうとあく のぬけるしろものではない乍ら、こんな西荻あたりは場末の面白さも見られず、 ほとほとに愛想もつき果てた。今度の戦争で焼けなかつたその事自体が、荻窪 以西の如何に片田舎であるかを示してゐる。 (一九四六年一月二十四日より) 西荻の古本屋のすさまじさ、駅の向うに五軒、こちらに四軒(五となりぬ) 出来てゐる。むかし動坂に次々と出来た時、文化の「花が大きく開い」た様に 考へたのは、私のたとへやうもない幼稚さだった。それほどボロイまうけだとは! (一九四六年六月十一日より) 西荻だの荻窪だのは、非常につまらないところなのである。肉屋にはちよいと 身綺麗な若夫人がゐたりして、あのあたしお肉を買つてをりますの、といつた風に おもてを眺めてゐるし、真中のふくれたモンペみたいなズボンをどう思つてはいて ゐるのか、しょつ中駅前をいつたりきたりしてる南京豆の立売娘や、五目並べを ひやかしてゐる兄ちやんや、非常に高潔な顔で本を小ワキにかかへた坊やや、かと 思ふと大鹿卓先生を囲む会、なんて看板を出してゐる「こけし屋」だの、なに、 つい百メエトルも歩けば真暗な道しかないんだのに。 (一九四七年八月二十九日より) 参照: 中井英夫『虚無への供物』講談社文庫版巻末年譜 http://homepage3.nifty.com/DS_page/nakai/index.htm http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C3%E6%B0%E6%B1%D1%C9%D7?kid=40415 豆千代本
西荻窪にお店( 豆千代&豆千代モダン)がある豆千代さんのご本。
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